目次
NHKスペシャル アメリカvs中国 “未来の覇権”争いが始まった
今、日本に中国のハイテク技術が急速に押し寄せている。
日本のタクシーに搭載されているのは中国のAI(人工知能)。
クルマから送られてくる膨大な日本の交通データ。それを収集しているのが中国の巨大IT企業だ。
世界430都市で5億人超のデータ。AIで都市全体をコントロールするプロジェクトを進めている。
中国IT企業の幹部は「我々のAIとビッグデータで全世界の交通を変えたい」と語る。
5Gの時代がやってくる。5Gは全ての業界に革命を起こす――
次世代通信の「5G」やAIを使った自動運転など、私たちの未来を驚くほど変えると予測されるテクノロジーで躍り出る中国。
今日まで、巨大なIT企業がつかんできた最先端技術の覇権が奪われようとしている。
中国の技術革新が進めばやがて、ドルによる経済の主導権、さらには軍事的な分野も揺るがしかねないとアメリカは危機感を強めている。
米国防総省のマイケル・ブラウン氏は「アメリカの技術の優位性は将来失われるかもしれません。」と語る。
中国の急速な発展の裏に“技術の盗用”があるとしてアメリカは取締まりを強化。
覇権を握るアメリカと対当する中国の対立が深まっている。
米中の狭間で日本は選択を迫られている。
国際政治学者イアン・ブレマー氏は「中国の力が増す中で米中どちらを選ぶのか突きつけられれば、日本は厳しい状況に追い込まれるでしょう」と話す。
これは世界を二手に分ける未来の覇権争いの始まりである。
アメリカと中国の最前線を追った――
自動運転技術を加速させるロードスター.ai社
中国のハイテク企業が集積する巨大都市 深圳。
この地で急拡大を遂げ、世界中の視線を浴びている企業が取材に応じた。
自動運転の技術を開発している「ロードスター.ai社」だ。
クルマに搭載されたカメラやセンサーで外部の情報を収集。
AIがその情報を解析し、クルマを動かす。
150メートル離れていても信号を識別できるという。
自動運転レベル4は、高速道路など特定の場所に限り、人に代わって自動運転が出来るレベル。
このレベル4の技術をわずか1年で実現。
先行してきたGoogleやテスラ社を上回る驚きの開発のスピード。
ロードスター.aiの創業者の一人でAIの開発に携わる、衡量(コウリョウ)CEOは。レベル4を実現出来たのは、クルマや人を高い精度で認識する独自の技術を開発したからだと言う。
衡量(コウリョウ)CEO「私たちのAI技術は世界最先端です。自動運転車の見る世界は人間の見る世界とは異なるのです。来年には世界のトップレベルの企業と肩を並べたい。目標は世界一です。」と語る。
これまでクルマの自動運転の技術をリードしてきたのはGoogleやUBERなど、アメリカの巨大IT企業。
2018年12月、Googleのグループ会社が自動運転をいち早く実用化。配車サービスを始めました。
シリコンバレーを中心にカリフォルニア州では、ここに開発拠点を置く60社以上の中国企業などが激しい競争を繰り広げています。
これまでの産業構造を自動運転は、全て変えてしまうハイテク技術です。
これまで車を作るメーカーがトップに君臨してきた自動車産業。しかし、自動運転の時代が到来すればクルマの頭脳となるAIの技術を握った企業が優位に立ちます。
世界の有力な自動車メーカーにAI技術を供給することで巨額の利益を得ることが出来ます。
しかも、それぞれのAIから膨大なデータを収集することも出来ます。
これが未来の“ハイテク覇権”の形です。
中国企業の急成長の秘密とは?
なぜ、中国のIT企業が驚くほどの速さでアメリカに追いつくことが実現したのか・・・
取材を進めるとその急成長の秘密が分かってきた。
たった一年で自動運転レベル4に達した ロードスター.ai社
開発の中心となっていたのは、アメリカAppleなどのIT企業で最先端の技術を学んできた若者たちだった。
アップル元技術者「前の会社で1~2年前にやったレベルのことに今 取り組んでいます。レーザーや画像を扱う技術は今の会社でも応用できています。」と語る。
海外の企業や大学で知識や技術を身につけて帰国する人材は“ハイグェイ=海亀(うみがめ)”と言われている。
衡CEOも、テスラやGoogle社で自動運転の開発を担当していた“海亀”の一人だ。
衡氏は、自分たちの技術はすべて独自のものだという。
質問「企業のノウハウや技術などを応用することに以前勤めていた企業は怒りませんか?」
衡氏「知的財産に関わるものを直接持ち出してはいません。私たちが開発しているものはすべて新しい技術です。前にいた会社の技術を直接使うことは出来ません。そこで得た経験は活かしていますけどね」
この日、政府系の投資会社が視察に訪れた。
中国政府は、起業した海亀たちに手厚い支援を行っている。
投資会社は、この会社のAIの技術に注目していた。
中国政府は今、ハイテク技術を成長の柱に据えた国家戦略を打ち出しています。
習近平国家主席「中国人民は不可能を可能にした。豊かで強くなった我々は新たな一歩を踏み出した。」
《中国製造2025》今後30年を見据えて、5GやAIの技術でアメリカに並び、世界トップとなることを最終目標としています。
海亀を支える中国政府
このような戦略を支えているのが“海亀”です。
中国政府は“海亀”が帰国後に起業する資金を補助するなど手厚く支えてきました。
その留学帰りの“海亀”の人数は、この5年で200万人を超えています。
国の研究機関でハイテク技術の開発を推進してきた中国科学院自動化研究所の王飛躍(オウヒヤク)氏。
“海亀”こそが中国を支える原動力だと言います。
王飛躍氏「海外で経験を積んだ“海亀”たちは中国の人たちのいい手本になっています。彼らの学んだとおりにやれば短期間で無駄なく目標を達成できます。“海亀”は中国にとって非常に重要な役割を果たしているのです。」
中国のハイテクの流れは日本国内にも入ってきている。
大阪で10社以上のタクシー会社に広がっているAIを使った配車サービス。中国のIT企業 滴滴(ディーディー)が開発した最先端のAIがスマートフォンを使った利用者と一番近いタクシーをマッチングする。
タクシー運転手は「待ち時間が減って効率が良くなりました」と語る。
中国の滴滴本社の担当者が利用実績の確認に訪れた。乗客の利用傾向や移動情報を独自に開発したAIが分析。まもなく、東京にも進出する予定だ。
世界のデータを握る中国IT企業
集積した莫大な情報は中国北京の滴滴の本社に集められている。
滴滴は、創立7年で世界トップを牽引するアメリカのウーバー社に並んだ。430の都市を走るタクシーなどのクルマから情報を一挙に集めている。
街中を走る自動車から送られていたのは、リアルタイムの位置情報だ。利用者は5億人以上。1日3000万件の乗車データを処理し続けるAIは、独自の進化を遂げていた。
雨や気象などのデータを分析し、利用者の動きを予測。クルマが足りないことを示すエリアに自動でクルマを誘導していた。
滴滴 張博CTO「私たちが把握しているのは、今この瞬間のことだけではありません。15分後の未来のことまで予測できるのです。」と語る。
さらに、滴滴はAIで“都市全体をコントロール”するプロジェクトを進めている。
その名も“交通大脳”
クルマや利用者のデータに加え、中国政府の許可を得て電車やバスなどあらゆる交通データを掌握。AIが信号やクルマに信号を送るなど交通渋滞を解消。
“限りなく効率的な都市”をつくるものだ。
滴滴 張博CTO「私たちのAIをあらゆる都市に置くことが理想です。世界中の都市と連携し私たちのAIとビッグデータで全世界の交通を変えたいのです」
中国に警戒感を強めるアメリカ政府
GoogleやAppleなどの巨大IT企業を抱え、ハイテク分野で世界の覇権を握ってきたアメリカ。今、急速に対当する中国に焦りを募らせている。
シリコンバレーにあるアメリカ国防総省の研究施設。
現在、民間の先端技術を軍事兵器への転用を進めている。
アメリカはすでにAIやロボットの技術を軍事的に利用している。
しかし今、急激な中国テクノロジーの進歩にアメリカは警戒感を強めている。
米国防総省マイケル・ブラウン氏「これまで我々の軍事力は優れたテクノロジーに支えられてきました。しかし将来その優位性を失う恐れがあるのです。」
中国政府は民間の技術を軍事に活用する国家戦略「軍民融合」を掲げている。
2018年12月、中国版GPSの稼働を開始。AIを活用した軍事ドローンの開発も進めている。それに対しアメリカ政府の危機感は強まっている。
米国防総省マイケル・ブラウン氏「中国は我々よりも より広く民間技術を取り込み軍事に転用しています。このままでは負けるかもしれない。国を挙げて取り組むべきです。」
アメリカは現在、中国のハイテク技術の急成長の裏に“技術の盗用”があるとみて取締りを強めています。アメリカトランプ大統領「アメリカが持つ世界最高の技術を盗んでまねされてはならない。」
FBIなどで専門チームを作り、この2年間で少なくても37人を産業スパイの疑いで摘発。Appleの自動運転や、大手メーカーの半導体技術を狙ったという容疑です。
摘発された中には、中国の情報機関の幹部まで含まれていました。捜査を担当した検察官は、これは氷山の一角に過ぎないといいます。
米 司法省ベンジャミン・グラスマン検事「これは国家ぐるみで技術を違法に入手しようとした事件です。このような産業スパイを野放しにしていたら、アメリカの繁栄は失われてしまうでしょう。」
拘留中の被告は無罪を主張。中国政府も否定しています。
中国外務省 陸慷報道官「アメリカ側の指摘は全くのねつ造だ」
こうした中、世界に衝撃を与えたのが中国の通信機器王手ファーウェイの副会長 孟晩舟の逮捕でした。
容疑はイランとの取引をめぐる詐欺の容疑でした。
逮捕の背景には、アメリカ政府のファーウェイの技術に対する強い懸念があるとみられています。
ファーウェイの上層部がNHKの取材に応じました。
ファーウェイ国際メディア担当
ジョー・ケリー副総裁「私たちの技術は世界の競合他社よりはるかに進んでいます」
ファーウェイが世界をリードしている通信方式5G
高速で大容量データをやり取りできる5Gは次世代の情報インフラになると見られています。
ファーウェイがインフラを握れば、機密データまで中国に流れるのではないかとアメリカが警戒しています。
ファーウェイ国際メディア担当
ジョー・ケリー副総裁「私たちは安全保障の面で危険な存在にはなり得ません。悪いことをしているかのように不当な疑いをかけられていますが、そんな証拠があるなら出してほしいです。」
アメリカ国内 中国への危機感には温度差も
ハイテク技術で対当する中国。しかし、アメリカ国内の危機感には温度差がある。
軍や民間企業の関係者が集まるシンポジウムで、国防総省のブラウン氏は技術流失に気をつけるよう警鐘を鳴らした。
米 国防総省マイケル・ブラウン氏「中国はテクノロジーの分野でアメリカを脅かす力をつけてきています。シリコンバレーをはじめ全米の企業のみなさんは注意してください。これは国家の安全保障に関わる問題なのです。」
しかし、一般企業は危機感を感じておらず、規制を強める政府に反発の声まで上がっています。
ベンチャー企業「中国進出を考えているアメリカ企業はそこまで警戒していません。」「むしろ今のアメリカ政府に反発する空気の方が私は強いと思います。」
米 国防総省マイケル・ブラウン氏「アメリカでは中国とハイテク覇権争いが起きているという共通認識がありません。それを伝えることから始めなければならないのです。貴重な技術を守るには警戒を強め対策をとることが必要です。」
アメリカ政府の緊迫感を横目に先端技術を開発するアメリカ企業の一部は中国との関わりを深めている――